気持ちの記録

アパートの隣人がうるさい。でも苦情を言うべきか迷い続けた私が考えたこと

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アパートの隣人がうるさいと感じても、「これくらいで苦情を言っていいの?」「自分が気にしすぎなのかな」と迷ってしまうことはありませんか。

眠れないほどつらい一方で、相手にも生活があると思うと、我慢するしかないのかと悩んでしまうこともあります。

この記事では、アパートの隣人がうるさいと悩んだ私が、騒音問題と向き合う中で感じた葛藤や、考えたことをまとめました。

正解を伝える記事ではありませんが、同じように悩んでいる方が、自分の気持ちを整理したり、これからどう向き合うかを考えたりする際の参考になればうれしいです。

1. アパートの隣人がうるさい。でも苦情を言うべきか迷い続けた

1-1. 普段から生活音は気になっていた

隣人が引っ越してきてから、夜中のドアの開閉音や物を置く音などが気になるようになりました。

音の一つひとつは生活していれば出るものなので、「集合住宅だから仕方ない」と自分に言い聞かせていました。夜勤の人なんだったら仕方ないなとも。

私自身も生活音を出している以上、お互い様な部分もあると思います。

多少うるさいと感じる日があっても、苦情を言うほどではないと思い、そのまま過ごしていました。

1-2. 何度かあった夜中の会話で、「これは違う」と感じた

そんな中、夜中に複数人で話す声が聞こえる日が何度かありました。

ある日は、夜中の1時半になってから急に話し声や笑い声が聞こえてきました

なかなか声は止まず、気になって眠れたのは朝方になってからでした。

生活音はある程度仕方ないと思っていましたが、夜中に人を招いて長時間話し続けることまでは同じようには考えられませんでした。

そこから「これは迷惑なのでは」と思う気持ちが、少しずつ大きくなっていきました。

1-3. 迷惑だと思いながらも、苦情を言う決断はできなかった

眠れないほど困っているのに、管理会社へ相談する勇気は出ませんでした。

毎日続いているわけではなく、数回の出来事だったことも迷いの理由でした。

夜しか会えない友人や恋人なのかもしれないと思うと、一方的に責めることもできません。

「これくらいで苦情を言うのは大げさなのかな」「私が神経質なのかな」と何度も考えました。

こうして私は、迷惑だと思いながらも、苦情を言うべきか答えを出せずに悩み続けることになりました。

2. 「苦情を言いたい」のに言えなかった理由

2-1. 生活音と迷惑行為の境界が分からなかった

ドアの開閉や物音など、集合住宅では避けられない生活音もあります。

私自身も生活音を出している以上、お互い様な部分があることも理解していました。

だからこそ、夜中の話し声は生活音とは違うと思いながらも、「どこからが相談していい騒音なのだろう」と判断できませんでした。

迷惑だと思う気持ちと、「これくらいは我慢すべきなのでは」という気持ちがぶつかり合っていました。

2-2. 神経質・クレーマーだと思われたくなかった

「それくらいで相談するなんて神経質だ」と思われるのではないか、ということも気になりました。

管理会社へ連絡しても、「大げさだ」「様子を見てほしい」と言われるのではないかと不安になりました。

また、相手からクレーマーのように思われる可能性も考えてしまいました。

その不安が大きくなるほど、「もう少し様子を見よう」と自分の気持ちを後回しにしていました。

2-3. 苦情を言っても改善しないかもしれない

勇気を出して相談したとしても、本当に改善する保証はありません。

一時的に静かになっても、また同じことが起きるかもしれないと思っていました。

さらに、相手との関係が悪くなって生活がしづらくなるのではという心配もありました。

行動しても解決するとは限らないことが、私の足を止めていました。

2-4. 相手の事情まで考えてしまった

夜中の話し声は迷惑だったと、今でも思っています。

それでも、「夜しか会えない友人や恋人なのかもしれない」「夜勤の人なのかもしれない」と考えてしまいました。

相手にも事情があるかもしれないと思うと、一方的に悪いとは言い切れません。

だから私は、迷惑だと思いながらも苦情を言えず、自分の中で答えの出ない葛藤を抱え続けていました。

3. 我慢し続けるうちに、騒音よりも自分の心が変わっていった

3-1. 「気にしない」と思うほど、音が気になってしまった

最初は、「気にしすぎないようにしよう」と何度も自分に言い聞かせました。

テレビをつけたり、別のことに集中したりして、音から意識を離そうともしました。

しかし、不思議なことに、気にしない努力をするほど耳は隣の音を探してしまいます。

一度気になり始めた音は、以前より大きく感じるようになっていました。

騒音に悩むことは、音だけでなく、自分の意識との戦いでもありました。

3-2. 音だけではなく、隣人そのものが気になるようになった

最初は、「夜中の話し声がうるさい」という不満だけだったはずです。

ところが、何度も気になる出来事があると、隣人そのものを意識するようになりました。

部屋の前を通るだけで気が重くなり、「また音がするかもしれない」と身構えます。

さらに、「配慮できない人なのかな」と性格まで想像してしまうこともありました。

本当は相手のことを知らないのに、自分の中で警戒心だけが大きくなっていました。

3-3. 我慢は、不満をなくす方法にはならなかった

「そのうち気にならなくなるかもしれない」と思いながら、我慢を続けました。

しかし、我慢を重ねても、不満やストレスが消えることはありませんでした。

むしろ、隣人への苦手意識や敵対心のような感情が少しずつ膨らんでいきます。

このままでは、騒音だけではなく自分の心まで疲れ切ってしまうと感じました。

我慢はその場をやり過ごせても、気持ちを解決する方法ではなかったのです。

4. 我慢するだけでは、自分の心は守れないと気づいた

4-1. 理解することと、納得することは別だった

集合住宅では、ある程度の生活音があることは理解しています。

相手にも生活があり、私自身も誰かへ音で迷惑をかけているかもしれません。

でも、それと深夜の話し声を受け入れられるかは別の話でした。

理解できることと、納得できることは同じではないと気づきました。

4-2. 自分の気持ちまで否定しなくていい

私は「気にしすぎなのかな」と、自分の感じ方を何度も疑いました。

でも、眠れなかったことや困ったことまで否定する必要はないと気づきました。

相手への理解と、自分のつらさは、どちらも本当の気持ちです。

だから、自分の気持ちも大切にしていいのだと思いました。

4-3. 我慢だけでは、状況も気持ちも変わらなかった

我慢を続けても、不満やストレスは消えませんでした。

むしろ、相手を必要以上に警戒し、敵のように感じる自分へ変わっていきました。

このままでは、自分の心まで疲れ切ってしまいます。

だからこそ、我慢だけに頼らず、自分を守る方法も必要だと感じました。

5. 私が今、自分のために選ぼうと思っていること

5-1. 本当は、隣人に変わってほしいと思っている

正直な気持ちを言えば、深夜は静かに過ごしてほしいと思っています。

迷惑を受けている側なのに、自分ばかりが対策することには納得できません。
「なんで私がお金や手間をかけなきゃいけないの」と思う気持ちもあります。

その本音は、無理にきれいな考えへ変える必要はないのだと思いました。
まずは、自分がそう感じていることを認めるようにしました。

5-2. 対策は、相手のためではなく自分のためにする

それでも、騒音で毎日気持ちが振り回されるのは避けたいと思いました。

イヤホンや環境音を試すことは、相手を許すこととは違います。
自分が少しでも安心して眠るための工夫です。

迷惑だったという事実は、そのまま心に残っていて構いません。
対策は、相手のためではなく自分の生活を守るためのものだと考えるようにしました。

穴を開けない壁掛け収納のように、集合住宅で暮らすための工夫だと思うことにしました。

5-3. 我慢だけで終わらせず、相談することも考える

もし工夫をしても眠れない日が続くなら、相談も選択肢として選びたいと思います。

管理会社へ伝えることは、相手を責めるためだけではありません。
自分の生活に支障が出ていることを、適切に伝える方法の一つです。

我慢を続けて心が疲れてしまう前に、頼れるところへ相談してもいい。
今は、そう考えられるようになりました。

5-4. 今の私が出した答え

今でも、「夜中は静かにしてほしい」という気持ちは変わりません。

でも、その願いと我慢だけでは毎日の生活は変えられません。

だから私は、相手に変わってほしいと思いながら、自分の生活を守る方法も選んでいこうと思います。

それが今の私にとって、一番納得できる答えだと思いました。

この記事を書いても、この問題に完璧な答えが見つかったわけではありません。

それでも、「相手にも生活がある」と「私はつらい」は、どちらも本当のことだということに気付けて良かったです。

この記事が、同じように悩んでいる誰かの「苦情を言うか、我慢するか」の二択ではない考え方を見つけるきっかけになればうれしいです。